せいこーうどく。

ゼロから始めるフリーダムないなか暮らしの記録

f:id:kodai1988:20160822211111p:plain 新潟県十日町市より。フリーダムに生きるための田舎暮らしブログ f:id:kodai1988:20160822211206p:plain

自分を好きになれないなら、ムリに好きにならなくていい。まず自分をキライな自分を許そう。

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自分を好きになりたいけどなれない人へ

ちょっとしたことで自分を責めちゃって落ち込む。どこにいてもいたたまれないような気がする。

 

そりゃ、短所は見方を変えれば長所になるのはわかってるけど。

頭ではわかってるのに、それでもやっぱり自分が好きになれない。

自分を好きになれない自分が大キライ。

 

 

 

自分を好きになろうとしても、好きにはなれない

あなたは、自分を好きになるために自分のいいところを見つけようと頑張ってるんだと思う。

頑張って自分を好きになろうとして、やっと見つけた小さないいところ。

 

けれど、そんなの吹っ飛ばしちゃうくらい自分のダメなところが目について、そのいいところがすぐに見えなくなってしまう。

 

好きになろうとして簡単に好きになれたら、そんなに苦しんでるわけないですよね。

頑張って好きになろうとしているのに、どうしても好きになれない自分がもっとキライになってしまう。

 

 

 

自分がキライ、という自分を許してあげよう

どうして自分を好きになりたいんですか?

もしかして、自分をキライなことは悪いことだと思ってるんじゃない?

 

自分が好きでキラキラしてる人と、自分が嫌いで嫌いでしょうがない人がいたら、そりゃ前者のほうがエネルギーを発揮してる。

周りにはポジティブな人が集まるし、パフォーマンスにも差が出てくる。

これは歴然たる事実だと思う。

 

だけど、自分をキライだということは、決して悪いことじゃないです。

しいたけが食べられないように、夏の暑さが苦手なように、誰にだってキライなものはあるでしょ。

 

たまたま、今は自分が好きになれないというだけです。

もしかしたら、しいたけを美味しく食べられるようになるかもしれないし、夏が一番好きな季節になるかもしれない。

 

自分がキライなことは、当たり前で自然なこと。

だから、自分を好きになれないからって自分を責めなくてもいいんです。

「自分がキライ!」と叫んでいる自分の心を、そろそろ許してあげませんか?

 

 

 

「自分を好きにならなきゃいけない」って思い込みが苦しいだけ

しいたけがキライだからって、自分を責める人はいませんよね。

けれど、“しいたけをキライなのは悪いことだ”という強い思い込みがあったらどうでしょうか。

きっと、しいたけをキライな自分が許せなくて苦しい思いをしてしまいます。

 

マジメな人であるほど、自分が許せなくて苦しいと思います。

 

しいたけがキライでも別にいいじゃないですか。

それと一緒で、自分がキライだということ、それ自体は悪いことじゃないです。

 

自分がキライだから苦しいんじゃなくて、「自分を好きにならなければいけない」って思い込みが苦しいだけ。

だったら、そんな思い込みは捨ててしまいましょう。

 

自分がキライ!それでもいいじゃないか!

 

 

 

 

自己肯定と自己受容はぜんぜん違う

自分を好きになるために「自己肯定」を頑張ってませんか?

こんなダメなところがあるけど、見方を変えればいいところだよね!って感じの。

 

それ、無理してるんじゃない?

「いいところ」だって心から納得してますか?

 

わたしは自分がキライだったから、好きになるために自分を肯定しまくってました。

自分のイヤなところが出た時も、心の中で「これも視点を変えれば長所だから!」ってめちゃくちゃ自己暗示かけて。

“自分を好きになれフィルター”を通した感情じゃないと、心に侵入させなかった。

 

そういうの、すごくエネルギーを消耗しました。

しかも、結果的には自分を好きになれなかったんです。

 

だから、もうあきらめました。

自分のイヤなところは、もうイヤなところとして認めた。全部そのまま受け入れた。

芽生えた感情は、ポジティブなものばかりじゃない。それでもいいと思った。

 

そしたら、少しずつ自分を許せるようになりました。

キライでキライで許せなかった自分は、キライだけど悪い奴じゃない自分に変わってきました。

 

ムリヤリの「自己肯定」よりも、自然に「自己受容」をすることを覚えてから、気持ちはスッと楽になった。

自分を好きになれたわけじゃないけど、前よりは小さな幸せに気付けるようになった気がします。

 

 

 

自信は「もつ」ものではなくて「つく」もの

「もっと自信もてばいいじゃん」って言葉、言われたことありませんか。

わたしも、よく言われていました。

 

うん、頑張って持とうとしたけど持ち方がわからなかったよ。

バケツの水を手でつかむような、漠然としたアドバイスだから実践しようがなかった。

 

で、気付いたのは、何もない状態から自信を持つのはムリだということ。

そして、自信は意識的に「もつ」んじゃなくて、いつの間にか「つく」ものだということ。

 

自信なんてないけど、とりあえずやれることから始めてみる。

すぐに100点はできないけど、0点だったのが1点になり、2点になる。

そして、ちょっと前進した自分に気付いたとき、初めて自信が芽生えてくる。

 

そういう小さな成功体験が積み重なっていくと、未知のことでも始めちゃえば何とかなるっていうのが体でわかるようになる。

多分、それがずっと欲しかった「根拠のない自信」。自分を好きだという気持ちなんじゃないでしょうか。

 

まず、何もできない弱い自分を受け入れましょう。

弱い自分を否定しないで、弱い自分の味方になってあげてください。

人にやさしく、自分にはもっとやさしく。

 

 

この記事に「自分」って書き過ぎて「自分」がゲシュタルト崩壊してきた。

 

それでも、まぁいいじゃないか。