せいこーうどく。

ゼロから始めるフリーダムないなか暮らしの記録

f:id:kodai1988:20160822211111p:plain 新潟県十日町市より。フリーダムに生きるための田舎暮らしブログ f:id:kodai1988:20160822211206p:plain

過去でも未来でもなく、今だけにスポットを当てて生きる。坂爪圭吾さんにお会いしてきました。

無料の喫茶店【Cafe Envelope】

坂爪圭吾さんをご存知でしょうか。

 

 

2年間にわたるテント暮らしで様々な土地を巡り多くの人と交流。今は熱海の自宅を「遭初庵(あいぞめあん)」として開放し、多くの人が訪れています。

 

詳しくは世界一破壊的かつ創造的なブログ、いばや通信をご覧ください。

 

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坂爪圭吾さんが、無料の喫茶店【Cafe Envelope】を開催すると告知されたのが8月4日の木曜日。

5日から7日まで、3日間限定で実験的に行われるとのこと。

 

ibaya.hatenablog.com

無料の喫茶店をはじめたいと思う。机や椅子を探したり、適当なメニューを考えてみたり、熱海の自宅を無料の喫茶店にする為の準備をしている。無料だなんて食材費はどうするのだ、やればやるだけ損をするだけじゃないかと言われることもあるけれど、自分でもはじめる理由がわからない。ただ「素敵だと思ったから」以上の答えを見つけられないでいる。

 

かつてのわたしなら、「すごいなぁこの人は」と思って終わりでした。

でも、この時は違ったんです。

 

そこで何が起こるのかを見たいという好奇心が芽生えました。

行って何がしたいとか、坂爪さんに話したいとか聞きたいとか、そんなものがあるわけでなく。

ただ、見届けたい。その空間にいたい。

 

その日の夜、自分の思いや気付きを話し合う機会があったのですが、わたしの口からぽろっと「熱海に行きたい」という言葉がこぼれました。

「あ、やっぱり熱海に行きたいんだなオレ」

口に出してからようやく納得できた不思議な感じです。

 

20代も終わろうという今になって、ようやく自分の直感で動けるようになったんですかね。ほんの少しだけ。

 

土曜日、電車を乗り継いで熱海へ到着。

雲一つない青空、とても暑い日でした。

 

 

 

過去も未来もない、今この瞬間を生きる 

いばや通信、坂爪さんを知ったのは4月の半ばくらいでしょうか。

思想家、哲学家、坂爪さんを形容する言葉はたくさんあり、そのどれもが適切とは言いがたい感じ。

勝手にわたしは、坂爪さんに仙人のようなイメージを抱いておりました。 

 

実際にお会いした坂爪さんは、もちろん仙人などではなく、とても穏やかな普通の人でした。

湘南でサーフボード抱えて海に走り出しそうなイケメン。

坂爪さんがわたしと同じ新潟県出身だということも初めて知りました。

 

遭初庵は物が少ないですが、そこにある物は主張がそれぞれ強い。

なのに不思議と調和がとれた空間で、心地よい違和感に酔うことができます。

 

そこで頂いたEnvelope唯一のメニュー「おいしい水」と差入れのお菓子。

炎天下を歩いた果てに飲んだ水は、その名に相違なくおいしい水でした。

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ギターで長渕剛を弾いて、ゆっくり語らう坂爪さん。そして客人のみなさん。

しばらく同じ時間を過ごすうちに、一つ発見をしました。

 

坂爪さんは過去の話もしない。未来の話もしない。

ただ、今どう感じているか、何を思っているかだけを言葉にしている。

 

過去への執着も未来への期待もなく、今ここにいる自分と、目の前にいる相手にスポットを当てる。

だから多くの人に助けられて、同時に多くの人の心に刺さるメッセージを発信し続けてきたのでしょう。

 

いつしか坂爪さんではなく、圭吾さんと呼ぶようになっていました。

 

 

 

素直に気持ちを言うのにビビってるのはダサい

圭吾さんに、今晩どこに泊るのかと聞かれました。

 

「決めてません。寝袋を持ってきてるんで海の見える場所で寝ようと思ってます」 

つい言ってしまいました。

はい、これカッコつけた非常にずるい答えです。

 

圭吾さんは「それならここに泊っていいよ」と言ってくれました。

 

頭の片隅に、遭初庵に泊りたいという気持ちがあったし、泊りたいと言えば圭吾さんが快く泊めてくれるのもわかっています。

なのにこんな受け答えをしちゃうのはわたしの虚栄心の強さ故。

 

この夜は、私を含めて3人が遭初庵に宿泊。

熱海の夜は想像より涼しく、夏の星座がきれいでした。

 

今度来るときは、「泊っていいですか!」ってビビらずにお願いします。

 

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無償で食べ物を与える行為は、命の肯定

私が「無料の喫茶店」をはじめたいと思った理由はだいたい100個くらいあって、ひとつめは「たとえ採算性を度外視したものであっても、このひと(このお店)が人類にとって必要なものであれば、このひと(このお店)を生かそうとする謎の力が働いてきっとどうにかなるはずだ」という非常に楽観的なものになる。

 

たとえ今は自分の価値が見えていなくても、生きているだけで価値がある。

わたしたちが生きているのは、何か大きな循環の中で生かされているのではないでしょうか。

 

無償で食べ物を与えるという行為は、目の前にある命の肯定。

見返りなんか何もいらないから、ただ生きていてもいいんだよというメッセージ。

 

遭初庵にある調度品はどれも主張が強いですが、生命のるつぼを象徴していたようにも思えます。

 

自分の思いを否定することなく、今この瞬間を生きること。

ただここで生きている、それはすでに奇跡。

 

頭の中の余計な意識を流れ出ていくような時間を過ごさせていただきました。 

ありがとうございました。きっとまた遊びに来ます。

 

 

 

最後に、圭吾さんよりこの言葉を拝借させていただきます。

人生は続く。